2002-08-21(水) 田舎者と都会人 [長年日記]

田舎者と都会人

数年前に従姉の神戸での結婚式に参加した。新婦側の参列者はほぼ全員が僕の田舎に住んでいる人々だ。一方の新郎側は新郎が編集者であるので関東に住んでいる同業者がほとんどだった。更に言えば、僕の知っているくらい有名な雑誌編集者もいたくらいだ。式場のテーブルは二列に別れていて、一方を新郎側が、もう一方を新婦側の知り合いが占めていてそのときは食事をしていた。僕は、新郎側の参列者に興味をおぼえたので、耳をそばだててそこで行われている会話を聞いていた。

そうして、会話を聞いているとある参列者が、とあることを言って談笑していた。そのとあることというのは、暗に新婦側の参列者を揶揄している会話であって、このようなめでたい席で何故このような会話をし、そして談笑しているのか新郎側の参列者の見識を疑った。基本的にあまり怒らない性質の僕がそのとき交わされた会話の内容を忘れるほどそれはたちの悪い戯言だった。これが結婚式の場でなければ、僕は絶対にその言葉を言った人間の胸座をつかんで問い詰めただろうと思う。ま、そんなことはしたことが無いけれど。

何を言われたかというと、つまり新婦側の参列者を見て「田舎者」呼ばわりしたのだ。確かに、新婦側の参列者は親類がほとんどなので年齢層もすごく高かったし、神戸というような大きな街にも滅多に出ることも無く、そういった格式ばった場で食事をしたことの無い人も多く、テーブルマナーもおぼつかない人もいたのは確かだ。そういうのを見て、確かに典型的な田舎者像を重ねることは容易なのかも知れない。しかし、晴れがましい席で相手側の親族を揶揄するような発言をするのにはどうしても納得がいかなかった。そこに僕は都会人だと自分を思っている人が持つ一つの奢りのようなものを見つけたのだ。その奢りのようなものは、僕が都会人に対して抱いていた世間というものを心得ており、紳士的でマナーを守り、異文化に対して寛容な態度とは全く逆で、世間知らずで、粗野でマナーを心得えず、排他的な態度のように思えた。まあ、僕の「都会人」に対する偏見が度を越えていたともいえるのだが。

新婦は僕の姉とも言えるような大切な人だ。親族が一人も居ない東京で、従姉がもしそういった揶揄されるような局面に遭遇するかも知れないと思うと、心配せざるを得なかった。

この事例一つで「都会人」を云々するつもりは無い。また、このような嫌な体験をしたことは今まで何度もあるし、それに対して悔しい思いをしてきたことも事実だ。また、「都会人」全てがそのような態度を持っているとは思っていないし、そのような態度を持っている人はごく一部だと思う。一方で、「田舎者」が「都会人」を揶揄するような局面は、「都会人」が「田舎者」を揶揄する局面に比べると圧倒的に少ないのも事実だと思う。

問題は、「田舎者」という言葉の使い方だ。「田舎者」という言葉を使ういわゆる都会に住んでいる人間で、「田舎者」という言葉にネガティブな属性を重ねて語られることがよくあるということだ。

僕は田舎に住んでいて田舎者であると思っている。だから田舎者という言葉にネガティブな属性を重ねられると腹が立つのだ。

「田舎者」、「都会人」という概念は「田舎」、「都会」のどちらに住んでいるかという地理的条件によって分けられると思っている。どこからどこまでが「田舎」であり「都会」であるのかという区別は主観的・相対的なものではあるが、多くの場合共有できる概念だと思う。そういうい概念に対して、「田舎は畑が多い」とか、「都会はビルが多い」などといった記述はできよう。そして、「都会は水がおいしくない」という事実や「田舎はコンビニも無い」という事実を述べるのはまだ許容できる範囲といえよう。しかしながら、「田舎者は世間知らず」や「都会人は冷たい」という記述は人間の個性の多様性から考えると、妥当性が低いと思う。そして、ネガティブな属性を伴ってある集団について語るのは倫理的に問題があり、差別だと思うのだ。沖縄出身者や在日朝鮮人、被差別部落出身者ほど酷かったり明確ではないにせよ、同じような差別の根がそこにはあると思う。住んでいる(いた)地理的条件を元に、ネガティブな属性を随伴されてしまうという意味では。

確かに、典型的な田舎者の平均像というものが必然的に描けてしまうことは仕方の無いことだろうと思う。だからといって、今目の前にいる田舎者に対してその概念を当てはめて語ることが倫理的に正しいことなのか、論理的に妥当なことなのかは別問題だと思う。それでも「田舎者」に典型的な性格特性や行動があると頑として言うならば、科学的な証拠と、それを語ることの倫理的妥当性を明らかにして欲しいとまで思ってしまう。そこに陳腐な経験論やイメージの出る余地は無い。経験論やイメージでの議論は過度の一般化をもたらすからだ。

しかしまあ、この議論のベースとなる、「田舎者」という概念は明確ではあるが、一方で「都会人」という概念は不明確だ。都会に住んでいる人の大抵は田舎出身者だし、都会に何世代住んだら「都会人」になるのかもわからない。

以前そういう議論をしたことがあって、「田舎者」を侮蔑する人間こそが「精神的な田舎者」で、「真に都会人」であればそんな言い方はしないととんでもないことを言った人がいるが、本人はその意図をもっていなかったにせよ、その言葉自体にも「田舎者」にネガティブな属性を付与しており、論理的にも間違っている。それは、「真の部落出身者」という言葉が論理的に間違っていることと同じことだ。そういう人こそ、その人の言葉を借りれば「精神的な田舎者」に違いない。

というようなことをうだうだと語る僕は田舎に対して劣等感を持っているのではないか、それは言いがかりだと言われるかも知れない。劣等感を持っているからこそ、「田舎者」という言葉に敏感なのだと言われるかも知れない。確かに僕は田舎者であることにある種の劣等感を感じている。しかし、それは、いわゆる「都会人」であると思っている人に侮蔑的な物言いをされたからであって、田舎で暮らしているときにそんな思いは微塵も持たなかった。まあ、純粋培養されて育てられてきたわけだ。

さらに言えば、僕は「田舎者」という言葉を無意識に使う人のほうがある種の蒙昧な優越感を持っていると思っている。「田舎者」にネガティブな属性を重ねられていることで、ある人が怒りを感じる、あるいは悲しくなること対して微塵でも共感するところがあるならばそんな言葉遣いはしないはずだ。

あなたは、被差別部落出身者に「部落出身者」と言うだろうか。正常な倫理観を持っている人ならそういう言葉遣いはしないだろう。たとえその言葉にネガティブな属性を伴わせていないとしても。それと同じく、田舎出身者に「田舎者」という局面や必然性はおそらくあまり無いと思う。

僕は日本海側の村に住んでいる。ここはいわゆる「山陰地方」と呼ばれる場所だ。しかし、山の陰なんてどこにも無い。それだけならまだしも、日本海側のことを「裏日本」と呼ぶ人が稀にいる。何が表で何が裏なのか小一時間問い詰めたい。驚くべきことに、山陰地方に育った人間は、気候のせいで陰鬱な人間しか育たないと言ってのけた人もいた。

同様に、Web上のテキストでも、本人は意図していないにせよ、侮蔑的に「田舎者」という言葉が用いられることがたびたびある。そのたびに、このテキストを書いた人はどんな精神構造を持っているのだろうと疑ってしまう。自分を「都会人」とでも思っているのだろうか。そして、そのような人は、「都会人」は「田舎者」を侮蔑する権限を持っていて、かつ「田舎者」に無作法な人間だと思われてもちっとも気にも止めない人間なのか。ついでに言えば、その人たちの持っている「都会人」優越観とその人自身の言動とに論理的整合性があるのか。と、そう思ってしまう。つまり、同じ人間として扱われていないのではないか、一段上から物を言われているのではないかと感じてしまうのだ。

もちろん、そういうテキストの中にも好きなテキストはあって、そういう記述がされているのを見ると怒るというよりむしろ悲しくなってしまうのだが。

と、こうやって不明な情熱を持って粘着質げな語りをしていること自体が田舎者である特徴だと言われてしまいそうだが、それは僕の性格特徴です。ついでに言えば、ひがみ根性なのも僕の性格特性です。

それを踏まえた上で、あなたが「田舎者」という言葉遣いをするとき、それを見て不機嫌に思い、そういう言葉遣いをするあなたをひょっとしたら軽蔑するかも知れない人がいるというリスクを、あなたは背負うことが出来るだろうか。

そして、このグローバルな社会の中で、インターネットというインフラも十二分に発達した中で、「田舎者」などという概念を意味をたっぷり込めて持ち出そうという人間自体に、なんだかのこの時代に対する焦りというか、現実を直視できない様を見出させずにはいられないのだ。この気持ち、わかってくれる人はどれくらいいるだろう。

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本日のツッコミ(全5件) [ツッコミを入れる]
# いつき@Felt Smiles (2002-08-22(木) 07:41)

その、新郎側の参列者、今からでも胸座つかんで問い詰めてやりたいもんですね!

# masako (2002-08-22(木) 10:51)

私は東京に10年近く住んでいます。<br>私は自分で私は田舎者です。<br>都会のことは何にもわかりませんと言って<br>都会での暮らしに不慣れなことを言っております。<br>でも人から田舎者とは言われたくありませんね。

# いずし@胡桃の中の航海日誌 (2002-08-24(土) 00:22)

ツッコミどうも。そう、小一時間問い詰めてやりたいです。

# 桃の実 (2004-07-15(木) 01:09)

私もまったくそのとおりだと思います!「田舎者」はあくまでも田舎に住んでいる人の事をさす言葉で、マナーを知らない人を「田舎者」と呼んだりするような使い方は田舎に住んでいる人にとっては差別的で本当に腹が立ちます!私も田んぼだらけの田舎に住んでいますが、田舎だって都会にはないいいところが沢山あるし、田舎の人はむしろ温かみのある人が多いです。田舎の人を野蛮人扱いしたような言葉の使い方はやめてほしいですよね!

# まさひこ@胡桃日誌 (2004-07-15(木) 01:24)

コメント有り難うございます。しかし、「大辞林 第二版」によると「田舎者」とは「礼儀作法を知らず、やぼで気の利かない人をののしっていう語」と、侮蔑語として一般化しているようですね。幾ら「別の意味で使った」と云われても納得できないです。

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