2002-11-15-(金) MSXマガジン復活!!/『余ってるマウスください』運動、その後/お茶日誌:孟カ海プーアル(モンハイプーアル)/自由意志

MSXマガジン復活!!

うわさではちらほら聞いていたのですが、らじさんの求道の果てを読んでオフィシャルの報道を見ました。

わが青春の日々よもういちど。べーしっ君は読めるのか。伝説のMSXマガジン(以下Mマガ)が復活であります。

僕とMマガとの出会いは1985までさかのぼります。当時11歳の純朴な少年であるところの僕が所有したパソコンの第一号がパナソニックのMSX2でした。当初、年賀状印刷がしたいが、ワープロを買うのでは芸がないと思った新しい物好きの父が購入したものの、操作が難しく、僕のおもちゃになったというわけです。

このMSXという規格。アスキーが提唱したわけですが、これが非常に画期的なもの。あらゆるメーカーのパソコンの規格を統一して、同じソフトウエアを使えるようにしたもの。世界初の統一規格だったそうです。しかも、当時非常に高価だったマイコン(当時はそう呼んでたんですね)に比べ、外部ディスプレイを家庭用TVにし、本体とキーボードを一体化させるなどの手法を用い、当時としては破格の29800円を最低価格とするマイコンを作り出しました。これは現在でもきっとメーカー物のパソコンではもっとも低価格のものではないでしょうか。まさに日本のコンピュータの歴史の革命的な出来事だったわけです。

初期の記憶媒体はもっぱらカセットテープというもの。MSXマガジンに載っているベーシックプログラムを必死で入力しゲームを楽しんだものです。タッチタイプもできなかった当時は、入力ミスを血なまこになって探したものも今となってはいい思い出。

MSXのもうひとつの画期的側面はROMカートリッジを使ってプログラムを実行することができるということでした。これはファミコンでいうところのカセットにあたります。つまり、マイコンでありながらゲーム機でもあるという情報娯楽家電のはしりだったわけです。

その後、MSXでもフロッピーディスクに対応するようになったことから、また新たな革命の兆しが現れました。一つは、ソフトの自販機TAKERUの誕生です。自販機の前に行き、お金を入れ、フロッピーを入れるだけでゲームが使える。流通コストが改善されることにより、MSXユーザーは安価で良質のゲームやアプリケーションを得ることができるようにまりました。

また、フロッピーディスクの導入は新たな旋風を巻き起こしていました。シューティングゲームの下請けで当時有名であったコンパイルというメーカーが発売した「ディスクステーション」です。従来の雑誌というスタイルを打ち破り、ディスクによって情報を発信しようという規格でした。もちろん、メインのコンテンツはゲーム。当時は破格の2000円以下で毎月新しいいろいろなミニゲームが楽しめるソフトでした(ミスタースポックを探せっていうのを思い出すなあ)。このコンパイル、「ディスクステーション」のなかで、「魔導物語」を始めとして、そのキャラクターをとりあげたコンシューマーでも社会現象になるくらいの大ヒットとなった「ぷよぷよ」というゲームを初めて掲載したのがもこの「ディスクステーション」でした。

注目すべき点はこれくらいかも知れませんが、マニアとしてはやはりコンパイルとしてはシューティングでしょう。『ザナック』、『E.I.』、『ガルケーブ』。MSXではないですが、ハドソンが外注したPCエンジンの『ガンヘッド』も不朽の名作です。

『アレスタ』はディスクステーション収録のタイムトライアルを数百回プレイしたことか。それから、これは注目、絶対忘れてはいけないのは、ディスクステーションでの連載シューティングゲーム『ブラスタ・バーン』これ、はデータを保存していくことによりどんどん自機の性能がアップしていくという画期的なシステムを持っていたもの。これにはめちゃくちゃはまりました。一時期は廃人のようになりながらこのゲームをプレイしていました。何を思ったのか、3Dのソフトを使って自機を再現したりしていました。中学生のころでしょうか。それにこのコンパイル。会費をはらって会員になると、なんか同人誌のような小冊子を配ってました。なんていう名前だったか。

シューティングゲーム作成ソフトの「吉田工務店」なんかもありましたね。いろいろなしょうもないシューティングを作ったものです。

それからMSXはMSX2+やMSXturbo-Rが発売されるも、NECのパソコンの低価格化、ファミコンなどのゲーム専用機の普及などにより、残念ながらその牙城は脆くも崩れ去ってしまったわけです。

その後、僕は二代目のパソコンになるPC-9800UVとファミコンを手に入れ、もっぱら買う雑誌は同じくアスキーの「ファミコン通信(以下ファミ通)」になりました。必死でガバスを集めたり、馬鹿葉書を書いたりしていました。葉書は採用されたことはわかりませんが、僕のくだらないユーモア感覚はコンパイルの小冊子とMマガとファミ通によってはぐくまれたといってもあながち間違いありません。

ああ、懐かしい甘美な時代。もう一度わが手に。

懐かしくないぞ、という人も是非買ってみてください。マイコン黎明期の味のある単純に楽しめるゲームがいっぱいです。コントローラーと一緒に購入することをお勧めします。

いや、久々に興奮して不明な情熱にかられ、こんな遅くに日記を書いてしまいました。我ながら恥ずかしい。

『余ってるマウスください』運動、その後

昨日から行っている『余ってるマウスください』運動、現在四名の方からご提供いただけるとのメールが届きました。ありがとうございます。また、各所からリンクして取り上げて頂いています。本当に感謝しています。

基本的にはPS/2のマウスを募集しているのですが、USBのでも構いませんし、マウスのボールだけでもという方でも、標準的な大きさのボールなら大丈夫だと思いますので、送っていただければ幸いです。

引き続き、マウスやボールを提供してくださる方は、

izushi0721@yahoo.co.jp

へメールをください。こちらの住所をお知らせします。送料は普通郵便分を一旦負担して頂いて、後ほどお返しするということで考えております。プライバシーの件もありますし、高校側へは僕が知り合いから集めたとしか報告しませんが、それで了承していただける方にお願いいたします。また、この運動にご賛同いただける方は、

http://mas0721.tdiary.net/20021114.html#p02

に、「『余ってるマウスください』運動 by いずし@胡桃の中の航海日誌」というかたちでリンクしていただければ幸いです。

いろいろご意見やアドバイスを頂いていて、とてもありがたいです。しかしながら、僕はなにぶん非力な非常勤職員なので発言力はまだ殆ど無いのです。これから徐々にいろいろと具体的な提案をしていけるだけの根回しをしていきたいと思っています。

お茶日誌:孟カ海プーアル(モンハイプーアル)

漢字が出ないのは、アメリカ帝国主義の陰謀である。画期的なOSである国産のトロンがアメリカにつぶされていなかったら、中国の漢字だって標準で表示できただろうに…。と愚痴ってみる。マックの人は文字化けしてるのではあるまいか。腹立たしい限りである。

緑碧茶園のCH400、雲南省の孟カ海周辺でとれる黒茶。漢字、何て読むのかしら。

雲南といえば、三国志の呉国のあったところ。孫堅、孫策、孫権が統治した場所。陸遜、周喩、呂蒙(漢字はうろ覚え)などの美形軍師?を輩出した、三国志好きのやおい少女がカップリング妄想に浸る三国志の鬼門。意外といぶし銀の古兵もいてファンにはたまらない。光栄のゲームでは一番文武両道の人がいる国でした。

と、話が脱線しました。プーアル茶を意識して飲んだのは初めて。洗茶をせずに一煎目から飲んだらちょっと渋かった。カタログには「甘い後味」とあったが、これは後に残る甘い香りのことだろう。七煎目までしっかり頂きました。後のほうになればなるほど、香りが先行して美味しくいただけると思います。やっぱり黒茶は洗茶したほうがいいかな。

あと、ガストでちょろまかしてきたアールグレイと煎茶を頂きました。

自由意志

しょーへーさんのところまだこっちかな)で触れられていた自由意志について。

人間であるということは、このあり方しかできないということでは決してなく、いつでも他のあり方ができるということなのである。

岸見一郎 1999 アドラー心理学入門 KKベストセラーズ

この見方というのは非常に楽観的にも捉えられるし、悲観的にも捉えられると思います。人間はいろいろな環境要因に行動が左右されます。しかし、決定論的に100%環境要因によって行動が左右されることもなかろうという考え方です。かなりラジカルな考え方なので、僕自身全面的に支持するものではないですが。支持できない理由はここでいう人間の定義が難しいということです。アドラー心理学の本によれば、著しい身体的・精神的問題を抱えていない人間という限定がついたりします。そこらへんがややこしいところ。

短信 * 掲示板 * テキスト風聞帳へ記帳 * 日記じゃんくしょんへコメント

*

ツッコミご入力の際「お名前」欄によろしければ「ハンドル@サイト名」と表記してください。