2002-12-28(土) リアルタイム更新日記/ア〜マ〜ゾ〜ン/日本の文化について/口語と文語/脱アルコホル/年末年始 [長年日記]

リアルタイム更新日記

暇なんでリアルタイム更新をしてみるテスト。この年末年始はそんな感じでいくかも知れません。なので、永続的なURLで無くなる可能性があって、ユーザビリティの低いこと、低いこと。

てか、旅行から帰ってからスパムメールやウイルスメールの類が嘘のように増えたんですけど。なんかあったのだろうか。他のところでそういう話は聞かないからどっかのロボットがメールアドレスを拾ったのかも知れない。もしくは、僕の普段の行いが悪いから天罰が下ったのかな。

Hotmailのアカウントからは以前からバカみたいにスパム・ウイルスメールが届くのでそろそろ廃棄しようかなと考えている。

ウイルスメールは知らない人からばかりなので、注意はしないけど。もしかして、嫌がらせ?

やしきたかじんの歌を十八番にしたい気分。関西弁マンセー、ってな割には関西弁ユーザーではない。

飲んでいるお酒は「Katz」黒猫のワイン。大学の頃、ワインのことなんて全く知らなかった(今も知らないけど)ので、ラベルで選んでからずっとこのワインを飲んでる気がする。基本的に甘くて安いドイツの白ワイン。いろんなところから出ているので、農園ものではないんだろうなあ。親父が買ってきたけど甘くて飲めないと仰るので、頂いたのだ。いい歳なんだから、もうちょっといいワインを飲んでもいいと思う。

吉本rize賞とやらを、関東の「動物電気」という劇団にかっさらわれてしまった。悔しいけど面白かった。観たい。

小劇場の劇団の人というか雰囲気って、なんだか大学のサークルみたい。プロって云う匂いがしないんだよね。これは、批判でも何でもないんだけど。テレビに出ててプロっていう匂いがしてしまったら、もう、小劇場の劇団の人とは云わないのかも知れない。でも、大学のサークルって感じは楽しそうでいいわな。生瀬勝久や古田新太って感じ。小劇場、観たいけれども、その環境にない哀しさ。

最近、妙な寒気を感じる。悪寒と云うのか。僕自身が変化するのでなくて、周りの世界が全く別のものになってしまうような。表現するのが難しい。

というか、番組視聴中に、ウェブで結果がわかってしまう賞なんてやるべきではないと思うのは、ウェブ馬鹿の主張だろうか。

電動歯ブラシは、松下のウルティマ超音波ファミリータイプにしました。ブラウンという選択肢はとある日記書きさんからメールで勧めてもらったのだけど、替えのブラシがやはり高いのと、動作がリニアでないので没(今考えるとリニアにしないのは、そうする必然性があったからなのだと思う)。ドルツの価格帯は魅力だったのだけど、ウルティマの「超音波」に惹かれて買ってしまった。その顛末はまた日記に書くかも知れない(当てにならない)。結果的に、ウルティマは買いだったのかどうかわからない。使用して三日だけど、「超音波」感は全く無い。以前使ったことのあるどこのかわからん電動歯ブラシよりあかん気がする。だから、もしかしたらドルツが買いだったのかも知れない。替えブラシの価格を気にしないのであればブラウンがよいのかも知れないとも思ったり。でも、ブラウンはシェーバーにしてもそうだけど、消耗品で暴利を貪られているような気がして良くない。そんな気さえね、しなければいいのだけど。

綾戸智絵が大阪でカウントダウンライブをするらしい。当日券も余っているらしい。行こうかしら。一人で?それは寂しい。Nである。

TVアニメのマスター・キートン『不死身の男』を観る。うんうん。なんかあーいうじいさんって好きだな。ドン・キホーテというか、ミュンヒ・ハウンゼン男爵というか。

ミュンヒ・ハウンゼン男爵。小学校の頃読んだ絵本が好きだった。原典の日本語訳(岩波文庫)にもあたっていないのである。

つーか、岩波文庫のプラトンの『ソクラテスの弁明・クリトン』『饗宴』、ビアズの『悪魔の辞典』を購入。趣味がいいのか悪いのか。

しかし、文庫というのは日本独自のものなのかな。であるとすれば、誇るべきすばらしい文化だと思う。数百円で世界の名著を読めるのである。

文庫本と云えば、僕が福岡在住時に贔屓にしてた、ふるほん文庫やさんという古書店がある。文庫本の古書を専門に扱っている店。絶版物は普通の古書店では破格の高さで売られているが、ここでは一定の価格になっている。ここはあまり知られたくないのだけどね。この年末年始忙しい時期に暇なあなただけにこっそり教えてしまいます。ここでサクサク検索して、ガンガン文庫本を買われるのが吉です。というか、師森毅と澁澤龍彦の本をまとめて買わなければなりません。そうなると、文庫本と云えどもかなりの出費になることでしょう。哀しいなあ…。というか、神保町で探した「天才柳沢教授の生活」と「マスター・キートン」を格安で売っているネット古書店を教えてもらってほくほく。

今日はどうも菜摘さんからロボット検索で来られる方が多いみたい。菜摘さんの文庫本ニ冊をヤフオクでゲットしました。もっとも、彼女の文庫本は日記本文に遠く及ばないと思いますが。

と、読者の方から「日記執筆四周年おめでとう」というメッセージ。そっかあ。四年かあ(鬱…)という気もしないでもない。四年経ってどれだけ変わったかって、四年前の方が良かったと思うばかり。初心忘るるべからずってことなのかな。兎に角目出度いことは確かであるみたい。虚心坦懐・虚心坦懐。

「渋沢孝輔」って我が師「シブタツ」の異名だと思っていたら別人なのね。ファンの人すいませんって感じ。

映画『ロケットボーイズ』を横目に観ながら…って、横目に観たら全然ストーリーが解らない。主人公は大学生で、なんかロケットを飛ばしてて…、くらいしかわからない。『ギャング・オブ・ニューヨーク』面白そうだな。てか、昨日『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』を観て、トム・クルーズ萌え。やっぱカコイイ!しかし、テレビ放映のカットが多いこと多いこと。初めて観る人は、ことの必然性がわからいって。ラストも削られて、誰が誰だか…。『クイーン・オブ・バンパイア』では違う人がレスタト役らしい。駄目だ駄目。原作の小説はレスタトが主人公らしい。読んでみようかな。

しかし、このクイーンことアカーシャ役の女性って、22歳の若さで機墜落事故で亡くなったR&Dのディーヴァであるアリーアではなかったかな。と、縁起のいい日に向けて、縁起の悪いことを思い出してみるテスト。

うーって、こんな時間になるとNHKの世界史の講座しかやってないところをみると、テレビはまだ年末年始と云ったふうではないよう。少なくともNHK教育では。よっし、これから「心の時代」を観るぞと云ってしまう僕は、やっぱり「アナクロ右翼」ですか。

と、ワインを発泡酒に変えて、お酒のあてにお歳暮の焼き豚に粒マスタードをたっぷりつけてお皿に盛ってしまいました。このあと、どうなるの僕。

てか、神様と云えば須く神道の神を想像してしまう僕は「アナクロ右翼」だそうです。僕の思想信条は結構左よりだと思っていたけど(森毅が好きなんてまさにそう)右翼だと云われたのは寝耳に水ですな。

僕の年代で、「神様」と云われたら、神道の神様を思い起こす以外には、土曜の八時は、須く「8時だよ!全員集合」を観るべきであるとするちょっと保守的な家庭で、「とんでもねえ、あたしゃ神様だよ!」と云ったドリフのコントを思い出すか、須く「おれたちひょうきん族」を観るべきであるとする革新的な家庭で、いまとなってはグレート義太夫と間違えられやすいというブッチー武者(レオナルド熊の弟子、ってそんなの知るか!)演じるところの「ひょうきん懺悔室」の十字架に貼り付けになった人を思い出すかどちらかでしょう。と、キリスト者を除いてはですが。

というか、アナクロ右翼ならば、やはり早朝の皇室番組で、前立腺癌を患ってしまわれた(らい患ってどう書くのか忘れた…)ことをニュース速報で流されてしまう不憫な天皇の近況をも拝謁せねばなるまいと思って観ている。癌については何も触れられていないわな。前立腺癌は治るのなら暴露せずに、いよいよ御崩御の段に至ってから、発表して欲しいと思う臣民は僕だけだろうか…。と、最新のニュースによれば、天皇のご意志のもとで発表されたというのだから、何も云えないのだが。発表してもいいですか?と云われたら、自分が天皇ならば承知せざるを得ないわなあ。

僕の信仰するところの天日鉾は、どうも新羅から渡来した王子らしくてオオクニヌシノミコトをことを構えた逆賊って感じです。ちなみに、僕の神様。易を輸入した神様らしいですな。どうも、稲作や鉄器の文化を伝承した渡来人らしいです。三種の神器の一部も彼?らが持ち込んだそうで。というか、うちの「気比」という地名は福井県にも存在するようで「気多」という言葉やら「神功皇后」とも深く関わっているそうな。この地名は中国越国と関連するようで、そこから渡来した人々が住んだ土地を気比と呼ぶこともあるようで。どうも天日鉾も気比という地名も大陸からの渡来人が関連しているようです。面白いなあ…。

日本の文化というか神話は結構勉強してみると面白いようです。僕も生粋の大和人ではなくて渡来人だという可能性が出てきました。自分のルーツをたどるって面白いことですね。うちの家系なんて、所詮江戸時代からさかのぼることが出来ないので、その程度って感じで、渡来人であったなんて確証は全くないのですが。

まあ、少なくとも、うちの地方で、天日鉾が、えいやっと運河を作って開墾してくれたという伝説は間違いないらしいので、やっぱり天日鉾を信仰してしまいます。というか、それを祭神として祭っている神社の名前が僕と同じ姓っていうのが気になるだけですけどね。苗字を作った当時は、うちの集落では近くの地名を使うのはありふれたことだったらしいのですが、やはり苗字はそれ以上に何か気にかかるものではあります。

なんだ?NHK教育の高校講座を見たら!って数式の記号として使われているらしい。そんなの知らなかったぞ!どういう意味なのかわかんねえ!つうねん。!=階乗っていう意味らしいですけど、ならわなかったなあ…。ジェネレーションギャップというか知識不足というか…。順列の文脈ですな。確率は僕の唯一の数学の十八番だったはずだけど…。

て、NHK教育で「みんなの体操」が始まってますよ。この体操は結構長く続いてるけど普及されているのだろうか。

愛子さまの成長の記録なんて知りたくねーよって思うのなら観なくていいのに、なんか観てしまう馬鹿。

ノーベル賞のプレゼンターなるストックホルムの王室なんて知りたくねえよ、って観るなよ馬鹿。でも、、田中さん萌えっていうのは大衆迎合的でしょうか。島津製作所という時点で、かなりのエリート臭ぷんぷんで、彼の発言はあっちゃにほっちゃっても構わないような気がするのは僕だけでしょうか。いや、彼が嫌いなわけではなくて、彼の言説は面白くて庶民的な域を出ずに嫌いではないのだけど、彼を取り囲むマスコミの言説が嫌いってこと。

てか、異説をうだうだ述べるなっていう感じ。

というか、そろそろ寝ろ!って感じですよね。まあ、じきに寝ますよ。はい。

と、カウントダウンの予定を入れてくれるという読者もいらっしゃって嬉しい限りなので、なんか考えざるを得ないのなかとか思って、日和ってしまいそうな僕って最悪…。

「一部信者」なる云い方を僕がしたのかなあ、と考えてみテスト。引用元はできたらはっきりとさせて欲しいというテスト。なんか、いろいろ考えて徒労に終わってしまいそうなので。っていうのは、単なるこっちの理由か。

ア〜マ〜ゾ〜ン

アマゾンが意味わかんねー。購入者としてのアカウントは生きているのだけど、アソシエイト・プログラムとユーズド・ブックのアカウントのパスワードがわかんない。ユーズド・ブックに至っては、本が売れているにも関わらず、認証が出来ないからお金が入ってこない。しかも、アカウントが二重にあるらしくて、出品しているほうのアカウントの、今何を出品しているのかわからない。困った状況。

てか、IDやらパスワードやらをちゃんと管理しないからこういうことになる。なんとかせねばと思っていて、実際なんとかして問題を回避してるんだけど、こういうことになってしまうこともある。むーん。問題だ…。

メールを出そうにも、今の時期だと答えがなかなか返ってこないだろうねえ。どうしたものか。

いや、何に使おうって、この旅行で神保町を巡って本を買ってきたので、その報告をするときにリンクを張ろうと思ってるだけなんだけどね。

日本の文化について

洗脳セミナーとかマインドコントロールとか云われたことで、「目から鱗が落ちたyo!」、と云ってみるテスト。

あるカルトとの出会いを思い出したのである。まあ、今回の議論でどっちがカルトかって云うわけではないし、向こうからすれば僕も妄信的に見えるかも知れないことは否定はしない。しかし、そういったところで行われていた議論というのはそういうものだったなと思い出す。

つまり、疲弊するまで議論するのね。例えば、そういうときは大抵相手が多数だったりして、論駁しようにも論陣を張る隙も与えないというか(今回、うちのサイトに言及していたサイト群のことを云っているのではない)。そして、相手が体力的にも精神的にも疲弊しだしたところで、そのときは、ビデオとテキストの輪読をさせられたように憶えている。カルトがカルトである所以は、その疲弊させた後にこそあるのだけれど。

ところで、韜晦日記に掲載されている現代かなづかいの「昭和21年内閣訓令第8号(官報号外・S21,11,16)」は興味深かったわけで。このテキストは重要です。「正字正かな」と「略字新かな」の基本的な違いがごく簡単に例示されています。「正かな」についてのお勉強も出来ます。「ぢ」と「じ」の使い分けだって、何となく変だなどっちが正しいのだろうなと思っていたことも、これで納得がいきました。しかし、文語がこれだけ変わったのだから、当時の人たちはさぞ困ったことでしょう。

日本語の表記の変化をして、文化の断絶とするという考え方は、日本語の表記は文化の根幹であると定義すれば、尤な言説であると思います。

一方で、僕が語れる文化の例なんてたかが知れているけれど、噺家の桂米朝なんかは、戦後に失われたいくつもの噺を、昔の資料や口伝から幾つも復活させて、ひとりで上方落語の文化を復興を支えたと云います。上方落語も立派な日本文化の一つです。

いかに日本語の表記という言語の一側面が文化の根幹に関わっていることであるとはいえ、そこで日本文化が悉く失われたと云うことはやはりちょっと無理があると思うし、米朝のように頑張って日本文化を復興させようとしている人もいるのだから、日本の古典芸能(能や狂言、歌舞伎など)などを「博物館の展示」と評してしまうのは、あまりにぞんざいな扱いだなあと思うのです。

日本文化って概念はちょっとあいまいで、定義できないのではないかな。そういう意味で、「日本文化は断絶した」とか「日本文化は断絶されていない」という一般的な物言いは暴論となる。『「日本文化」のうちの一つであると私が認めているものである日本語の表記は断絶された』とか、『「日本文化」のうちの一つであると私が認めている落語は断絶されず続いている』という言説が妥当、というより、そうでないと成り立たない。

ちなみに、僕は日本の文化なんて悉く輸入から成り立っているし、それこそ日本文化の特色だと思っています。だから、神道の神様だって輸入だと云われてもちっともびっくりしません。

口語と文語

っていうのがいまいちわからない僕は、「きゅうぶんごたい」なんて書いて窘められたり、さっき日記をアップしたときに「文語」という言葉をうっかり使って、「間違っている」と読者から指摘があって訂正したり。

僕は、「口語」を話し言葉として、「文語」を書き言葉として捉えている。「というかー」と書いてしまえばそれは書き言葉だと思っていた。でも、「口語文」という言葉は、遠い昔に習ったような習わなかったような…。

これは意味くらい知っていなければ、と思い、素人なので国語辞典を使うくらいでいいだろうと、gooの大辞林第二版を引いてみた。

と、口語とは、

(1)書き言葉に対して、話すときに用いる言葉づかいをいう。音声言語・話し言葉・口(くち)言葉などともいわれる。
(2)現代の話し言葉、およびそれに基づいた書き言葉。現代語。⇔文語〔明治以前の時代に使われた言葉についても、その時代の話し言葉ならびにそれに基づいた書き言葉を口語ということがある〕

である。そして、文語とは、

(1)もっぱら文章を書くときに用いられる言葉。口頭で話される言葉に対していう。文字言語。書き言葉。
(2)古典語。平安時代の言語に基づき、それ以後の時代の言語の要素をも多少加えた書き言葉。

ふむふむ。(1)の意味だと、僕が日記で書いている言葉は文語になるのかな。文語である場合もある、と云ったほうが正しいのかな。少なくとも、自分自身が文語を読むことも書くことも多いような感じ。僕が日記で書いている文体は、結構文語である。

一方、(2)の意味だと、僕が使っている言葉は殆ど口語ということになる。口語で書いてある文章を読む機会は古典文学を読むときとか俳句や和歌を読むとき目にするくらいで、使うことなど殆ど無いと云える。僕が日記で書いている文章は口語である。

僕はどうもこの二つの定義をごっちゃにしてたみたい。きっと、一般的な意味をとるとすれば、先に書いてある(1)をとったほうが良いのかな…。

今度は、同じような「口語体」、「文語体」を調べてやろう。

先ず、「口語体」。

話し言葉を基にして、それにできるだけ近い形で書かれた文体。明治中期の言文一致運動によって確立し、現代で最も普通に用いられる。文末の語によって「だ体」「である体」「です・ます体」などと区別される。

そして、「文語体」。

文語(2)で綴られた文章の様式。候文体・擬古文体・普通文体・和漢混交文体・漢文体・宣命体など。

ふむふむ。これは、「口語」「文語」の(2)の意味をとっているのだな。随分とややこしい。

こうなると、僕は話し言葉においても書き言葉においても「文語体」は殆ど使わず、「口語体」を使っていると云える。なんだかこんがらがってくる。僕が日記で書いている文体は「口語体」である。

そして、そして。「口語文」と「文語文」という言葉もある。調べてみよう。

先ずは「口語文」から。

口語体で書かれた文。

あら、簡潔。では、「文語文」。

文語(1)で書かれた文。

とのこと。えーっと、「口語文」は、「口語体」で書かれている文であるからして、僕が日記で使っているのは「口語体」であって「文語体」ではないから、結局、僕の日記は「口語文」である。

そして、反対に、「文語文」は「文語」(1の意味で)かかれている文章であるからして、僕が日記で使っているのは「文語」の1の意味からすると、「もっぱら文章を書くときに用いられる言葉」であり、結局僕の日記は「文語文」である…あれ?なんか矛盾してるな。僕の日記は「口語文」なのか「文語文」なのか解らなくなってしまう。

と、これは辞書の記述の矛盾を論っているのではなくて、単純に、「口語」と「文語」、あるいは「〜文」、「〜体」という言葉はよく文脈を考えないと解らないということ。そして、それだけ難しい概念だということ。だから、「文語体」と云っても、一意に解釈は出来ないのだ。国語辞典に限らず辞典なんて書くのは大変で、聖書でもない限り(それもどうかな…)矛盾しないことのほうがよほど珍しいわけだから、この辞書の解釈が間違っているわけで、本当は一意に決め付けることが出来るのかも知れないけれど。

と、先の話題でふれた、現代かなづかいの「昭和21年内閣訓令第8号(官報号外・S21,11,16)」では、

現代國語の口語文を書きあらわすかなづかいを、次のように定める。

とある。

「現代國語」から始まるわけだから、最初から現代でない国語の存在を想定している。と、と捉えれば、ここで使われている「口語」・「文語」の意味は先の(2)の意味(明治以前、平安以降の言葉遣い)だと考えられる。しかし、同一文中に「口語文」と使われている。この解釈であると、「現代國語」は「口語」文であるわけだから、トートロジーであり、おかしな文章となってしまう。

一方、「現代國語」に「口語」も「文語」もあると無理矢理解釈してしまえば、(2)の意味に取ることも出来るかも知れない。そうなると、書き言葉であるところの「文語」においてはこの告示では触れていないこととなる。話し言葉の書き方を変えて、書き言葉の書き方を変えないというのは、少しばかり変な話であるが。

と、「吉田茂」にこれだけ悩まされている現代日本人も珍しいと思うが。

脱アルコホル

なんて云っている間にワインやビールを飲んでいる。こうなったら、観音湯と言い張ろう。と、「観音湯」という言葉、正しいのかどうか探したけれどどうも見つからない。僕が知っていることは、落語のどれかの噺で出てくるのだけど、坊主は酒を飲んではいけないのに、それを飲みたいがために、「酒」と云わずに「観音湯」と別の名前をつけて飲んでた噺。名前を間違えたかな…。

年末年始

のカウントダウンやら初詣やらはいつもと違ってぱーっとやろうかなと思ってたけど、どうもそういう気分でもなくなったみたい。家でぼけーっと、注目の特番でも観るか。レギュラーの番組はチェックができるけど、特番、特に年末年始の深夜なんかにやっている特番(殆ど特番なので「特番」という意味がないのだが)、テレビ欄だけでは何もわからないのだ。とのことで、テレビテレビ。

短信 * 掲示板 * 日記じゃんくしょんへコメント

*

ツッコミご入力の際「お名前」欄によろしければ「ハンドル@サイト名」と表記してください。

本日のツッコミ(全6件) [ツッコミを入れる]
# br_take (2002-12-29(日) 05:31)

<br>いずしさんのサイトを訪れた人の中にウイルスに感染している人がいて、キャッシュからいずしさんのメアドを拾ってきたのではないかと推理してみるテスト。klezとかそんな感じの活動をするらしいです。

# いずし (2002-12-29(日) 05:37)

br_takeさん。普段うちを読まない人がいて、かつウイルスに感染していて、たまたまうちを読んで、キャッシュからメアドを拾ったってことですかね。そんなにたくさんの人が読んでくれてたのだろうかという疑問はあるけれども、どれだけの人がウイルスに感染しているかわからないですね。僕もどっかのオンラインスキャンは月に一回しているのだけど、それでは安心できないのかも知れません。

# snow (2002-12-29(日) 15:05)

りかん「罹患」です。

# 大吉 (2002-12-29(日) 18:07)

酔っぱらっての文章に突っ込むのも野暮かも知れませんが<br>>しかし、文庫というのは日本独自のものなのかな。であるとすれば、誇るべきすばらしい文化だと思う。数百円で世界の名著を読めるのである。<br><br>海外にはペーパーバックというものがありますですよね。日本の単行本にあたるのがハードカバーで、文庫本的位置づけがペーパーバックかと。

# su (2002-12-29(日) 23:36)

いずし様。ご無事にお帰りになったようで何よりです。<br><br>急ぐわけではありませんが、お暇ということでしたら、いずしさんの掲示板の55のスレッドにお返事を下さい。よろしくお願いします。<br><br>電動歯ブラシですが、私はブラウン製を愛用しております。おっしゃる通りスペアが高価なのですが、それだけの値打ちがあると思います。

# 義珍 (2002-12-30(月) 01:54)

文庫本については、500年くらい前にヴェネツィアで出版されたのが最初だという話が、塩野七生さんの本にあります。当時の本は大型で持ち運びに不便だったので、屋外に持ち出せて気軽に読めるようにと作られたのだとか。意外と古いもののようです。<br><br>それから、ウィルスメールですが、あれはFrom:フィールドを偽ることがあるらしいので、知っている人からのように見えても「注意」はしない方が無難かもしれません(私の職場でも、自分のすぐ隣にいる上司のメールアドレスから届いたことがあってびっくりしました)。<br>メールヘッダのRecieved:フィールドを見て送信サーバを特定し、サーバの管理者に対応をお願いするのが一番よいらしい、です。<br>私も詳しいわけではないので、自信はないのですが。

[]

トップ «前の日記(2002-11-30(土)) 最新 次の日記(2003-01-01(水))»